英霊にこたえる会とは

 世界の各国には、その国のために尊い一命を捧げた戦歿者(英霊)をおまつりする慰霊の施設があります。そして、「慰霊、追悼の日」を定め、この日には、その慰霊施設に元首をはじめ、政府関係者などが打ち揃って参列して、国の伝統、文化にそった、その国の最高の慰霊、追悼の方式で、国家・国民がこぞって感謝の誠を捧げる儀式を行っております。また、その国を訪れる外国の元首などは、まず、国際儀礼として、その慰霊施設に表敬参拝をしております。

 ところで、わが国にあっては、その慰霊施設にあたるのが、東京・九段の靖國神社で幕末動乱期から大東亜戦争までの250万にのぼる戦没者の御霊(みたま)がまつられております。

 しかし、戦後わが国においては、憲法上の制約があってか、靖國神社での国としての慰霊・追悼の儀式は、一度も行われていないばかりか、総理の参拝すらも何かと取り沙汰され、訪日された外国の元首などの表敬参拝も絶えて久しい状況になっています。これで独立国と言えるのでしょうか。

 戦歿された英霊に、わが国の総理が国家・国民を代表して、感謝の誠を捧げることは、国政をつかさどる最高の責任者として、当然行うべき責務であり、独立国家の根幹にかかわる問題です。

 戦後、吉田茂総理から田中角栄総理までの歴代総理は、靖國神社の春秋の例大祭に参拝しており、当時国民もマスメディアもこれを当然のこととして受け止めていました。ところが、昭和50年8月15日の終戦の日に、時の三木武夫総理が「私的参拝」と言って、歴代総理では初めての8月15日に私的参拝をしましたが、個人の資格で参拝したことから、その後の靖國神社をめぐる状況が一変し、以後の総理の参拝時に「公的か、私的か」とのくだらない記者の質問を受けることとなりました。そして、昭和天皇は、戦後これまでに7回ご親拝されておりましたが、三木総理が、この参拝をしたこの年の11月21日のご親拝が最後となられました。

 このようなことから「英霊にこたえる会」は、翌昭和51年6月22日、会長に石田和外元最高裁判所長官が就任し、英霊に対する国・国民のあるべき姿勢を確立するための国民運動を展開する任意団体として発足しました。

 現在は、全都道府県に地方本部を置き、首都圏の友好諸団体が中央参加団体として加わって構成しています。

 定例行事として、毎年8月15日、靖國神社での「全国戦歿者慰霊大祭」及び「戦没者追悼中央国民集会」を開催しています。また4月第1土曜日には、靖國神社の参道で「靖國神社の桜の花の下で”同期の桜”を歌う会」を、友好団体と実行委員会と組んで催しております。これらの催は、一般の方のご参加を歓迎いたしております。

 また、靖國神社社頭において、靖國カレンダー領布期間中、実施日を指定し、旧戦友連をはじめとする中央参加団体有志の協力を得て、靖國カレンダーの領布と署名活動を主とした広報活動を実施しています。